渡独前、母との2015年

渡独前、母との2015年

コメント欄を閉じている為に、様々な手段での
暖かいメッセージを、ありがとうございます。
とても嬉しく心に沁みいります。お返事できず
ごめんなさい。もう少し時間をください・・・
そして母のこと、もう少し綴らせてくださいね

長年勤めた会社を退職したのが、昨年1月末の
ことでした。激務だったこと以外にも、色々と
理由はありますが、その時点では、うさ太郎の
ドイツ赴任話はまだ出ていませんでした。  

翌日、発熱してダウン。インフルではなかった
ものの、熱がさがっても喉が痛くで咳が出ると
電話をしてきた母にいうと「しばらく帰ってき
て、ゆっくりすれば?」と。うさ太郎は1ヶ月
間のドイツ出張中だったので、週いちで通って
いた講座の合間の1週間、うさ太を連れて実家
に帰ることにしたのでした。        

その1週間、食材の買い出しで車を出す以外は
うさ太のお世話だけしてのんびりと過ごさせて
もらって。母のご飯、おいしかったなぁ・・・
写真 2016-12-20 11 04 13

市役所の駐車場で、とあるイベントが開催され
ていて、ちょっと寄ってみたら突然現れたのが
チーバくん。母に撮影してもらいました。  
写真 2016-12-20 11 04 13 (1)

母が、中の人にむかって          
「寒いから暖かくていいですね^^」     
なんて話しかけていたのを覚えています。  

実家に帰る度に必ず母といった場所が、とある
農産物直売所です。ここではバナナを栽培して
いるので、併設のカフェで特製バナナジュース
が飲めるのです。濃くて、とても美味しい。 
写真 2016-12-20 13 11 58

近年、外出したがらない父を置いて出かける事
ができなくなっていた母にとって、つかの間の
休息だったかもしれません。カフェの店員さん
と世間話をする母は、とても楽しそうでした。

この1週間、母を独り占めした気分で、とても
幸せだったなぁ。その後ドイツ出張から帰って
きたうさ太郎が、来年からドイツ勤務になると
いい残し、今度はアメリカ出張に出かけていっ
た時には、また母を独り占めしようと、1週間
帰ることにしました。ちょうどお彼岸の頃で、
母は、おはぎをつくって待っててくれました。

うさ太郎も大好きな、母のたけのこご飯が食べ
たくて、道の駅「たけゆらの里」に連れて行き
朝獲れのたけのこを手にいれたり・・・   
写真 2016-12-20 11 51 12
例の直売所カフェでは、抹茶バナナジュースを
飲んだり・・・。             

他にも、母と色々な場所に出かけたなぁ・・・

「ムーミン谷へいってくる」と母にいうと  
「わたしも行きたい」とついてきました。  

そこは、第三セクターのローカル線いすみ鉄道
の国吉という、ムーミンショップがある駅で。
写真 2016-12-19 13 36 16 (3)
ここのことは、母から話を聞いていたのですが
母もかねてからいってみたかったのでしょう。
ちょうど菜の花の時期で、華やかでした。  

といっても、全体的にみると寂れた感じですが
写真 2016-12-19 13 36 16 (4)
手作り感あふれるムーミンたちがいいですね。

別の日には「春を探しに行ってくる」というと
「わたしも行きたい」とついてきました。  

母から、4月にチューリップ祭りが開催される
と聞いたので、少し早いけどちょっとは咲いて
いるかも?と、開催地へいってみれば・・・ 

全体的に緑しかないようにみえたチューリップ
畑でしたが、近くで見ると数本ずつ咲いていま
した。畑の隅には、つくしとたんぽぽも。  
写真 2016-12-19 13 36 16 (6)

更に、桜祭りが開催される公園にもいきました
写真 2016-12-19 13 36 16 (5)
が、ちょっとだけ花をつけている木をみつけた
ものの、やっぱりまだまだでした。     

なんとなく、どうしても母と一緒に桜をみたか
ったので、4月に入ってすぐの土日に帰省をし
無事に満開の桜をみることが出来たのは・・・
写真 2016-12-19 13 36 16
今思うと、何かの力が働いていたのかなぁ? 
あの時に仕事を辞めてなかったら、これだけの
思い出をつくることができなかったわけだし。

あるとき、高校からの友人がいってたんです。
「実家を出て暮らしているけれど、親も老いて
 きて、あと何回あえるんだろう?と考えたら
 もっと家に帰らないといけないと思う」と。

ドイツに最低2年間行くことになるといった時
母は父に「2年間は元気でいないとね」といい
ました。それをきいた時、たしかにその2年間
で、高齢の父母に何かないとは限らないと思い
はしましたが、でも元気でいてくれるだろう!
と思ってしまいました。。。        

ただ、2年間あえない分の貯金?として、渡独
までの間、実家に帰る機会を増やしたのです。
だから、もっと帰っておけばよかった。という
後悔はあまりない(なくはない)のでした。 

母は、みんなが集まりやすいお盆の頃に、  
うさ太郎とうさ奈の壮行会を企画してくれたり
写真 2016-12-21 15 34 18 (1)

年末のうさ奈渡独日には、父や姉妹を連れて 
空港まで見送りに来てくれたりしました。  
写真 2016-12-21 15 34 18

見送りなんて、今生の別れというわけでもない
し、そんなに時間もないのだからいいよと思っ
たのですが、母としては何か感じていたのかも
しれないなぁ、と今になって思うわけです。 

母との2015年。忘れられない、眩しい日々
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